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私たちは様々なリスクにさらされている。病気や事故のリスク、買い物で騙されるリスクなど私たちの一日は多くのリスクであふれている。これらは自分に対してのみ降りかかる個別的リスクであるが、自然災害や経済危機など多くの人に一斉に降りかかる集計的リスクもある。また、人生の選択もリスクと隣り合わせである。 就職する会社をどうするかの選択に失敗すれば将来的に失業に陥るかもしれない。こうしたリスクは日本では様々な社会の仕組みによって管理されている。病気になっても保険があるから巨額の出費を心配する必要はなく買い物で騙されることは少ない。自然災害は恐ろしいが、行政の働きや地震保険や義援金などもある。人生の選択に失敗しても生活保護などのセーフティネットがある。私たちの周りではリスクが発生しないように未然に防ぐ仕組み、そしてリスクが発生したとしても被害を最小限に抑える仕組みが機能しているである。

 

しかし途上国では同じようにはいかない。先に述べたリスクを管理する仕組みの多くは、政府や市場を通して提供されているものであるが、政府や市場が脆弱な途上国ではこうしたリスクの多くがそのまま人々に降りかかってくる。途上国の人々はリスクに対して脆弱なのである。

 

このようなリスクへの脆弱さは貧困をもたらす大きな要因である。まず、リスクが顕在化すると貧困に陥ってしまう可能性が高い。例えば一家の大黒柱が病気で仕事ができなくなった時に医療保険がなければ、一家は 貧困に陥ってしまうだろう。さらに、リスクへの脆弱性ゆえにリスクを取れないことは貧困から脱する機会をも失わせる。例えば、園芸農業を行えば高い収入が得られるとしてもリスクを考えて自家消費用の農作物を作る農家は途上国には多い。このようにリスクへの脆弱性は、リスクが顕在化したときに貧困を生み、リスクが顕在化する以前にもリスクを取り貧困から脱する機会を失わせるのである。

 

ではどうすればよいのか。もちろん国家や市場が先進国と同じように機能すれば問題は解決されるかもしれないが、それは現実的ではない。そこで注目すべきは、現に途上国の人々はリスクを何とかして管理しようとしているということである。途上国の人々はコミュニティなどの社会的なつながりが持つ相互扶助をはじめとする様々な機能を利用してリスクを管理しているのである。もっとも社会的なつながりを用いたリスク管理には問題点や限界が存在する。したがって、社会的なつながりの機能をただ肯定するのではなく、問題点や限界を克服するような望ましい社会的なつながりのあり方は何かを考える必要がある。また社会的なつながりだけですべてを解決できないのであれば、市場や国家がどのように社会的なつながりの働きと補完的に機能していくべきかについても考えなければならないだろう。このような視点から、このディスカッションでは途上国の人々の直面するリスクと貧困の問題について議論していく。

 

とはいえ、リスクの問題は極めて広範にわたり、開発の主要な課題のほとんどはこの視点から語ることができてしまう。そこで、貧困に最も直接的に関係するといえる所得のリスクを中心に取り上げることとしたい。 これは他のリスクを一切考えないということではない。そうではなく、例えば健康のリスクであればそれに起因する所得のリスクの問題のみを考えることで、医療設備の問題などは議論せず、保険などの問題に限定して議論を進めたいということである。 

 

第三討論 

途上国におけるリスクと貧困

―社会的なつながりに注目して― 

第三討論

過去ディスカッション

ここでは第36回国際学生シンポジウムで使用したディスカッションテーマを公開しています。

 

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